ゴジラ岩観光:神尾 昇勝
世界自然遺産・知床。その東側に位置する羅臼町は、流氷を起点としてオオワシやオジロワシ、マッコウクジラ、シャチといったダイナミックな自然と野生動物に出会える場所。2025年に世界遺産登録20周年を迎えた今、羅臼の海最前線で観光船を運航するゴジラ岩観光の神尾昇勝さんに、これまでの歩みと、これからについて語ってもらった。
羅臼への帰省、そして・・・
私が羅臼に戻ってきたのは、25歳頃でした。元々生まれは羅臼で、小学校卒業と同時に親の仕事の都合で小樽へ引っ越し、その後は中標津にいました。当時の自分にとって羅臼の自然の価値なんて、正直あまりピンときていなかったというのが本音です。
今の仕事に就いたのも、本当に偶然です。中標津に戻ってきた時、今の会社の社長の息子が同級生で、社長とは野球チームの監督としての繋がりがありました。「仕事をやめて実家に戻ってきているなら、人手が足りないから手伝ってくれ」と言われたのがきっかけです。 最初は観光船ではなく、建築の仕事からのスタートでした。当時、ペンションの壁の石張りなどを手伝っていましたが、ゴジラ岩観光から「一週間くらい観光船のバイトしてくれないか」という話から始まり、まさかここまで長く続くとは思いもしませんでした。季節が変わっても観光船の仕事を続け、気づけばこの海でお客さんを案内するようになっていました。
「世界自然遺産」という看板
私が羅臼へ戻ってきたのは、知床が2005年に世界自然遺産へ登録される少し前で、その登録前後で町の空気は大きく変わったと感じます。正直なところ、地元の人たちの中には、世界自然遺産になることや、仕事への影響に対して「窮屈だ」「面白くない」と感じる声も少なくありませんでした。
ただ一度外に出た人間として、そして観光業に携わる人間として、やはり知床は「他にはない唯一無二の場所」だと思っています。ここ最近は、特にシャチを目当てに来るお客さんも増えています。世界自然遺産という看板ができたことで、世界中から注目され、多くの人がこの自然を見に来てくれるようになった。それは間違いなく、この仕事をしていて感じる「価値」であり喜びです。
観光船事故を経て、これからの「安全」と「責任」
観光船の運航に関しても、大きな変化がありました。数年前に起きたウトロ側での痛ましい事故は、私たちにとっても他人事ではありません。事故以降、安全管理のルールは非常に厳しくなりましたが、私はそれで良いと思っています。むしろ、参入への障壁や安全へのハードルは高くあるべき。
誰でも簡単に参入できてしまう状況ではなく、しっかりとした安全対策と覚悟を持った事業者だけが残れる環境にする。そうでなければ、これまで積み上げてきた知床のブランドや、先人たちの努力が無駄になってしまいます。
「世界自然遺産だから」と来てくださるお客さんを、安全に、そして楽しませて帰す。その当たり前の責任を、私たちはより一層強く持たなければなりません。
羅臼とウトロ、課題と今後
羅臼もウトロも、近頃は海外からのお客さんが非常に増えています。ただ、受け入れ体制という面ではまだまだ課題を感じます。言葉の壁もですが、町全体での案内看板の整備なども含め、もっと「町として」歓迎できる環境を作っていかなければならないと思います。
また、地元の子どもたちが減っていることも気になります。私自身がそうだったように、一度外に出ないとここの良さが分からないこともあるかもしれない。でも、戻ってくる場所として、あるいは誇れる故郷として、この自然と産業を残していきたい。
これからの羅臼は、ただ自然を見せるだけではなく、例えばルサ園地のような場所を活用したボルダリングなど自然体験アクティビティを取り入れるなど、新しい楽しみ方も提案できるポテンシャルがあると思っています。世界自然遺産登録から20年。この素晴らしい自然を守りながら、安全に、そして多くの人に愛される羅臼であり続けるために、現場からできることを続けていきたいですね。
